私の中で何かが吹っ切れた日のお話

こんにちは。西宮のキッズ片づけコーチ、むらたますみです。

 

子どものキラキラした笑顔に気づいた瞬間、自分のこだわりはなんだったんだろうって思うことがあります。今日はそんなお話。

 

私の中で何かが吹っ切れた日のお話

 

6年前のある日の写真。

 

「子育てしっかりしなくっちゃ」と本来グータラな自分を縛り付けていた日々

子供が生まれてから、できないことばかりの中とにかく一生懸命やってきて「きちんとしなくちゃ、ちゃんと子育てしなくちゃ」と思っていた私。子どもたちのことも、結構縛っていたと思います。自分が片づけ苦手だから散らかして欲しくないし、自分がグータラだから、遊びもできるだけ後が楽なように。女の子2人で比較的大人しいのもいいことに、たくさん制限をかけていたと思います。そうすることで表面的に「子どもがいてもちゃんと片づけてる、ちゃんとした人」になろうと、自分自身もぎゅうぎゅうに縛っていたんでしょうね。

 

こんなにキラキラした笑顔を、今までちゃんと見ていなかったと気づいた日

ある日、我が家に組み立て式の本棚がやってきました。夫が勉強部屋に入れる本棚を組み立てている横で、止める間もなく発泡スチロールを雪に見立てて遊び始めた子どもたち。「ちょっと!」と言った時にはすでに遅し、でした。バリン!と大きな発泡スチロールを割り、こすっては雪を生産する子どもたちと、我関せずで作業に没頭する夫。いや、我関せずというよりは、最初から認めている、という感じでしょうか。「おお〜、綺麗だね〜」と子供たちをけしかけて(!)いました。私が慌てて「もう、それで遊んじゃダメ〜!」と言いながら、ほうきを取りに行こうと動いた瞬間、目に入ってきたのはこれでもかと言うほどキラキラした4つの瞳。

 

もういいや♪と吹っ切ることで訪れた、お腹の底から家族一緒に笑える楽しさ

なんて顔してるんだろう。私とおままごとしてて、こんなに楽しそうにしてることある?この笑顔を止める理由、これを上回る理由、私持ってる???

 

見た瞬間、そう思ったんです。そうしたら、自分がなんで発泡スチロールで雪を作ってはいけないと思っていたのか、すっかり分からなくなりました。というか、もう部屋が散らかるのなんてどうでもいいや、後でみんなで片づけよう!と思えたのです。その後出てきたもっと大きな発泡スチロールをみんなで割って、雪にして。自分でもびっくりするくらい、こんなことで大笑いしました。こんな笑い方するのって本当に子どもの頃以来だなっていう笑い方で笑いました。もちろん子どもたちも一緒に大笑い。

 

お母さんの笑顔が子どもの幸せ。無理して頑張らなくてもいいんです

そんな私を微笑ましく見て笑いながら、夫は黙々と本棚を組み立てて、完成させていました。最後は4人で静電気と格闘しながら片づけました。この日は多分一生忘れない日になりました。自分が自分を勝手に縛っていたこと、そしてその縛りに子どもを付き合わせようとしていたことに、気づいたんです。お母さんって小さな子どもにとって全てなんです。だから私が幸せなのが、私が笑っているのが一番いいんだ。理屈ではなく、心でそれがわかった日だったから。上の写真はまさにその瞬間の写真。幸せなお母さんが子供を幸せにするって、そんな綺麗事言われてもって思うかもしれません。でも幸せって何もかもかなっていることじゃない。こんなほんの一瞬、お母さんが自分を縛るのをやめて楽になると、家族はみんな幸せなんです。そんなことをこの日の子供たちから教わりました。だから私は笑顔でいます。無理に装った笑顔ではなく、本当の笑顔で。そのために、自分の心地いいことを優先するのです。

 

■今日のポイント 

お母さんが自分を縛るのをやめて、心地いいと感じることを優先してみよう!

 

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